サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福













≪著者≫

ユヴァル・ノア・ハラリ

≪問い≫

文明は人類を幸福にしたのか

≪概要≫

我々が当たり前のように信じている国家や国民、企業や法律、さらには人権や平等といった考えまでもが虚構であり、虚構こそが見知らぬ人同士が協力することを可能にしたのだ。

1. 無知の発見

世界中の人類は、医学や軍事、経済の分野で新たな力を獲得する能力が自らにあるとは思えなかった。(無知を自覚していなかった)政府や裕福な後援者による支援は、新たな能力の獲得ではなく、既存の能力の維持だった。

だが過去500年間に、人類は科学技術に投資することで自らの能力を高められると、次第に信じるようになった。現在の観察結果が過去の伝統と衝突したときには、観察結果が優先される。

2. 認知革命と資本主義

無知を自覚し、能力を高めるために投資するという考え方が、資本主義の経済の土台を構築した。人々は想像上の財、つまり現在はまだ存在していない財を特別な種類のお金に変えることに同意し、それを「信用(クレジット)」と呼んだ。信用という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。

なぜ昔の人は信用を担保に近代と同様の手法を用いなかったのか。それは将来が現在よりもよくなる、ととうてい信じることができなかったためである。富の総量は決まっていると考えた。近代はこの思考から脱却し、人は隣人の財産を奪い取るのではなく、パイ全体を大きくすることによって豊かになるという思考を獲得した。

3. 幸福とは

調査の結果、子育ては相当に不快な仕事であることが判明した。おむつを替える、癇癪をなだめる、食器を洗う。だが大多数の親は、子供こそ自分の幸福の一番の源泉であると断言する。一見矛盾しているように思われる点が見つかった。

この調査から、幸福とは不快な時間を快い時間が上回ることではないことを立証した。幸せかどうかはむしろ、ある人の人生全体が有意義で価値あるものとみなせるかどうかにかかっているというのだ。

さらに幸福の源泉が人生の有意義を感じることであるならば、それは私たちが物事に対し何を感じるか次第であるといえる。より幸せになるためには、私たちは効果的に自分自身を欺く必要がある。

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